一畑山薬師寺、岡崎

地元ではテレビやラジオのコマーシャルが頻繁に打たれていることもあって、山号と寺号を分けて呼ばれることはあまり無い。

厄除け・交通安全・眼病平癒などの祈祷で知られる臨済宗妙心寺派の寺院であり、パワースポットとしても知られる。

祈祷は団体祈祷の形式で30分毎に行われ、祈祷時には般若心経とご真言のラミネートを配られるので声に出して唱える。
不動明王殿では物品祈祷があり、お斎には松茸料理がある。

総本山は島根県の一畑山薬師寺で、名古屋市千種区には同名の分院がある。
一畑山薬師寺は牛乗山とともに岡崎観光きらり百選に選定されている。

日本昭和村 岐阜県美濃加茂市

日本昭和村は岐阜県美濃加茂市にあり、昭和30年代の里山をイメージしてつくられた都市公園で、2003年(平成15年)4月16日にオープンした。

正式名称は平成記念公園、愛称は「日本昭和村」、道の駅として「道の駅日本昭和村」を併設する。
名誉村長には中村玉緒が就任し、1年に1度のペースで訪村している。

ホテル木曽路、中山道、南木曽町

昼食ランチバイキングは、和洋中約40種類ほどの料理で、大浴場への入浴がセットされている。
日本有数の名水域である長野県の南木曽岳、この恵みを含んだ木曽路ビールが醸造所のタンク直結で提供される。

南木曽町は、岐阜県の中津川市と県境で長野県の南西部に位置する。
東西20km・南北15kmで山岳に囲まれた町で総面積の93%が森林である。

周辺の観光地としては、妻篭宿、馬籠宿、奈良井宿の旧中山道の宿場町や、
明治の電力王、福沢桃助がかけた優雅な木橋の桃介橋。

その他、駒ケ岳ロープウェイ、元善光寺、柿其渓谷、寝覚の床、赤沢自然休養林、天竜川ライン下り、ふるさと水引工芸館、田立の滝、ヘブンズそのはら、きそふくしまスキー場、御嶽山、御岳ロープウェイなどがある。

中山道、太田宿

太田宿は、中山道六十九次の51番目の宿場で、現在は岐阜県美濃加茂市にある。今でも宿場町の面影を色濃く残す。
飛騨、木曽両川の合流点直下の木曽川畔に位置し、急流・太田の渡しは、「木曽の桟、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」と馬子唄にもあるように中山道の難所の1つであった。

史跡・みどころは、太田宿中山道会館、太田の渡し場跡、脇本陣林家住宅(国の重要文化財)、太田宿中山道会館、坪内逍遙ゆかりのムクノキ、などがある。

名古屋港ワイルドフラワーガーデン ブルーボネット

名古屋市港区潮見町42番地にある自然風庭園で、中部電力が創立50周年事業として、新名古屋火力発電所の一部を整備し、2002年4月20日にオープン。

園内には22のガーデンと、多種多様な野性的雰囲気を持つ草花という意味でのワイルドフラワーが咲き乱れる。
レストラン、ガーデンショップ、植物情報の検索コーナーなども設けられている。

庭園の愛称の「ブルーボネット」(Bluebonnet)はアメリカのテキサス州に固有の種で、州花にもなっている。
草地や道ばたなどに生え、高さは20~40センチ、葉は掌状複葉で倒披針形の小葉が5個ある。

晩松園、岐阜県各務原市鵜沼

晩松園は岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町にあり、木曽川に面した茶室を備え、広大な庭を持つモダンな数奇屋造りの建物で旧川上貞奴の別荘である。

日本初の女優である貞奴が女優引退後自らの菩提寺として建立した貞照寺の門前にある。

現在は愛知県の民間企業の所有で、迎賓館サクラヒルズ川上別荘として結婚式場になる。

福澤桃介、旧姓は岩崎で福澤諭吉の次女、房と結婚し婿養子となり福澤姓に変わる。

木曽川の水利権を獲得し、岐阜県加茂郡に八百津発電所を築き、その後、大阪送電を改組する形で、五大電力資本の一角たる大同電力(現・関西電力)と東邦電力(中部電力)を設立、社長に就任した。この事業によって「日本の電力王」と呼ばれることになる。

1924年に恵那郡に日本初の本格的ダム式発電所である大井発電所、1926年に中津川市に落合発電所などを建築する。
東邦瓦斯(東邦ガス)、愛知電気鉄道(現・名古屋鉄道)、大同特殊鋼、矢作水力(現・東亞合成)などの企業を設立し経営に携わる。
「名古屋発展の父」とも呼ばれ、後に衆議院議員として政友倶楽部に属す。

南木曽町には発電所の工事用として架けたという桃介橋と呼ばれる橋がある。
1993年に近代化遺産として復元され、1994年には発電所とともに国の重要文化財に指定された。

晩年は「日本初の女優」川上貞奴と同居し、夫婦同然の生活をおくった。

たったひとつの恋・・・川上貞奴邸宅(二葉館:名古屋)と別荘(晩松園:岐阜県各務原市鵜沼)

日本ラインロマンチック街道

岐阜県加茂郡坂祝町、この辺りの木曽川はヨーロッパのライン川に景観が似ているため「日本ライン」と呼ばれ、飛騨木曽川国定公園に指定されている。

木曽川の堤防上にはロマンチック街道と称される全長4キロほどの道が続き、木曽川の景色を眺めながら散策できる。

水や風が少しずつ削り取ってできた様々な奇岩、長い年月をかけて造られたこの芸術作品は四季折々の植物と相まって流れる時間を感じさせる。

キサス・キサス・キサス・・・日本ラインロマンチック街道

六華苑 (和館)

実業家二代目諸戸清六の新居として明治44年(1911年)着工し、大正2年(1913年)に竣工した邸宅六華苑は、洋館とそれに連なる和館、複数の蔵、池泉回遊式日本庭園で構成される。

木造平屋造り一部2階建ての和館は、諸戸家お抱え大工であった伊藤末次郎が棟梁を務め建造され、洋館の竣工に先立つ大正元年1912年に上棟された。

洋館より広い和館が壁を接して接続され、普段の生活は和館が中心だったという。
周囲を巡るように板廊下が配置され、和館北側の内庭に面する板廊下と各部屋の間には畳廊下が設けられる。

主庭園は芝生の広場と池を中心とした日本庭園で、渓流や滝、枯れ流れなどが巧みに配置される。
当初、池の水は揖斐川と繋がっていて、川の干満の変化に合わせて池の水位が変わる「汐入り庭園」となっていた。

内庭は当初茶室や待合に合わせてた露地風の庭園だったが、昭和13年(1938年)の改修で茶室は撤去され、離れ屋が作られた。
この改修は諸戸家と交流のあった松尾流の十世・松尾宗吾が監修し、主庭園も含めて手が入れられた。

平成2年(1990年)建物を桑名市に寄贈。
平成3年(1991年)桑名市指定文化財となり、修復整備工事がされた。
平成5年(1993年)一般に公開。
平成8年(1996年) 建造物が三重県指定文化財となる。
平成9年(1997年) 建造物が「旧諸戸家住宅 2棟」の名称で国の重要文化財に指定。
平成13年(2001年)庭園部分が国の名勝に指定。

愛のフィナーレ・・・六華苑 (和室)

六華苑 (洋館)

六華苑は三重県桑名市にある旧諸戸清六邸(東諸戸邸)の総称で、洋館とそれに連なる和館、複数の蔵などの建造物、池泉回遊式日本庭園で構成される。

洋館は、鹿鳴館の設計で知られるイギリス人建築家ジョサイア・コンドルによる木造2階建てでヴィクトリア朝住宅の様式を基調とする。
和館は伊藤末次郎の建築で木造平屋。
敷地面積 18,000m²、着工は明治44年(1911年)、竣工は大正2年(1913年)、国の重要文化財・名勝である。

コンドルが設計した建造物の大半は東京に集中し、地方には桑名市のみに現存する。
これは、初代清六が元勲大隈重信など政府要人の知遇を得たこと、三菱財閥の創始者岩崎家との交流があったことにより、三菱の顧問を務めていたコンドルが二代目清六の設計依頼を受けたと考えられている。

コンドルが描いた当初の図面では塔屋は3階建だったが、「揖斐川を見渡せるように」との、清六の意向で4階建てに変更された。
1階は洋風ながら、2階は洋間に和風の襖が設けられるなど和洋折衷である。

Invitation to the dance・・・六華苑 (洋館)

夜の名古屋金山界隈

名古屋金山総合駅は、JR東海・名鉄・名古屋市営地下鉄が乗り入れ、名古屋駅に続く主要駅である。
戦後、名古屋市の復興計画の段階から複数の電車が乗り入れる「金山総合駅」として計画された駅でもある。
名古屋市の熱田区と中区に跨って駅は設けられ、JR東海の金山駅は中区に位置する。
名古屋近郊に住む人たちの通勤や通学の乗換駅として重要な役割を担う。

駅近くの観光スポットとしては
名古屋ボストン美術館、全日空ホテルズ ホテルグランコート名古屋が入居する地下4階、・地上31階の「金山南ビル」。
ステージなども設けられている複合商業施設の「アスナル金山」、日本特殊陶業市民会館。

その他、東別院地名の由来になった1200年以上の歴史を誇る「金山神社」。
ラジウム人工温泉大浴場があり名古屋都心で温泉気分が味わえるホテルルートイン名古屋東別院。
1・2階がパチンコ店、3階から7階が温泉施設、まさに都市型オアシスの天然温泉 アーバンクアキャッスル、などがある。

マイアミビーチルンバ・・・夜の名古屋金山界隈