小豆島

瀬戸内海に浮かぶ温暖な気候の小豆島。日本のオリーブ発祥の地、小豆島オリーブ公園は「ギリシャ風車」がシンボルで、 オリーブ記念館の2階のハーブカフェオリヴァスでは、オリーブオイルやハーブをふんだんに使った料理が楽しめる。

寒霞渓は、「日本三大渓谷美」のひとつに数えられる名勝地で、垂直にそそりたつ岩壁は大自然の造形美の極地、ロープウェイでの空中散歩は小豆島観光のハイライトコースで春は新緑、秋は紅葉と、四季を通じて多くの人が訪れる。

小豆島の醤油は長い歴史を持つ伝統産業で、昔ながらの黒い板壁の醤油蔵や佃煮工場がずらりと並ぶ「醤(ひしお)の郷」では、醤油や佃煮のソフトクリームも。

1日2回の干潮時に現れる砂州の道、「天使の散歩道」エンジェルロードで大切な人と手をつないで渡ると願いがかなうとか?

映画「二十四の瞳」のロケ用オープンセットを改築した二十四の瞳映画村では
昭和初期にタイムスリップしたかのような懐かしい時が流れる。

クロード・モネ(Claude Monet )

時間や季節とともに、移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求し、「光の画家」の別称があるる。

印象派グループの画家のなかでは最も長寿を全うし、20世紀に入っても『睡蓮』の連作をはじめとした多数の作品を残した。

他の印象派の画家は、やがて印象派の技法を離れて独自の道を進んだが、終生印象主義の技法を追求し続けた典型的な印象派の画家と言われる。

1840年11月14日、パリに生まれるも、父とともにノルマンディー地方の港町ル・アーヴルに移住し、早くから画才を示しデッサンや諷刺画を描く。

1859年、本格的な絵画修行をするためにパリに戻り、ピサロ、バジール、ルノワール、シスレーらと交遊し、印象主義の揺籃の地であるパリ北郊のセーヌ河畔で戸外制作に励む。

1874年、「画家・彫刻家・版画家等無名芸術家協会」(第1回印象派展)を開催。
モネの《印象・日の出》に対する揶揄から「印象派」の呼称が誕生する。

1883年、ジヴェルニーに定住し、《積み藁》《ポプラ並木》など、数々の連作を制作。

最晩年には眼病と戦いながらオランジュリー美術館で睡蓮の大作と取り組、1926年12月5日、ジヴェルニーにて没。

三重県津市、偕楽公園、津城

偕楽公園

1859年(安政6年)、津藩第11代の藩主、藤堂高猷の別荘「御山荘」を起源とする。自然そのままの起伏に池や橋、岩を配して回遊路がつけられ、古くからミツバツツジの名所として知られる。

津市の古称は安濃津で、別名を安濃津城と言われ城郭構造は輪郭式平城である。津は平安時代より伊勢国政治経済の中心地で、鎌倉時代は藤原南家の流れの工藤氏を祖とする長野氏が支配した。

津城の起源時代、永禄年間(1558年 – 1569年)に長野氏の一族の細野藤敦が小規模な安濃津城を構えたことに始まる。

慶長13年(1608年)、伊予今治藩より藤堂高虎が入城し城の大改修に着手し、輪郭式の城郭に変貌させて城下町を整備した。以後、明治維新まで藤堂氏の居城となる。

明治4年(1871年)、廃藩置県により廃城となり建造物は破却され、その後、「お城公園」として本丸跡に日本庭園が整備される。
本丸跡の日本庭園入口には、藩校有造館の正門の入徳門が移築現存する。