RAYARD Hisaya-odori Park

名古屋の商業中心地は、名駅エリア(名古屋駅周辺)に移ったという印象が強い。
JR、名鉄、近鉄、地下鉄各線が乗り入れるターミナル駅であり、東海道新幹線の停車駅であるということに加え、将来的にはリニア中央新幹線の開業が予定されているなど、交通利便性の高さが最大の魅力。

しかし、特に地元の人々は、名古屋の中心はやはり栄エリアであるという認識がある。
南北に走る大津通・久屋大通沿いには、古くから老舗百貨店や有数のブランドショップが建ち並び、東西に走る広小路通・錦通・桜通沿いには、高層事務所ビルや金融機関などが集積してきた。このような中、栄エリアの発展を支えてきた施設の多くが老朽化し、建て替え時期をむかえている。

建て替えや再開発の計画が次々と発表され、久屋大通公園の再整備事業や錦三丁目の市有地活用事業も具体化してきた。栄エリア一帯が変貌を遂げようとしている。

庄内川自転車道(サイクリングロード)

庄内川自転車道(サイクリングロード)は、平成7年度から工事が進められ、平成10年3月に完成した。

整備区間は、名古屋市西区の庄内緑地公園より洗堰緑地を経て、同市北区味鋺地区の桜づつみまで

味鋺地区からは名古屋市整備の自転車道があり、ふれあい橋を渡って、水分橋緑地までが連続され、名古屋の市街地の中で長距離のサイクリングが楽しめる。

庄内川ゴルフ倶楽部

名古屋 栄から20分の好アクセス。
昭和34年に開場し愛知県では名古屋ゴルフ倶楽部和合コース、愛知カンツリー倶楽部、森林公園ゴルフ場に続き4番目となる歴史あるコースで、全体的にフラットで妙味のあるレイアウト、豪快なロングホールもあり、川越えや打ち下ろしなど変化に富んでいる。

18ホール パー72 5,740Y
面積 27万m²
コース高低差 フラット
グリーン 高麗 

青大悲寺 名古屋市熱田区

如来教は熱田に生まれた「きの」(法名・媹姾)が、享和2年(1802年)に神懸かりとなって始まった講で、尾張藩士や富裕な商人などに多くの信者が居たとされる。青大悲寺は如来教の本山で尼寺、山号は登和山、山号は「きの」の若い頃の名「とわ」から取られている。寺号の青大悲寺については、青は若く新鮮な力強さを表し、大悲は大きな慈悲の意味であるという。

明確な創建年代は不明だが、天文年間(1532年 – 1555年)に創建された曹洞宗江南寺(現・成福寺)の大門前にあったとされる。弘治2年(1556年)、江南寺が現在地に移り「成福寺」と寺号を改めたことで北山墓地の入口となったが、後に現在地に移転し成福寺末であったが、後に法持寺末となった。「きの」の父親が鉄地蔵を信仰していた縁で、文政12年(1829年)この講に成福寺が所有していた地蔵堂と鋳鉄地蔵1体を譲り受けた。鋳鉄地蔵については、天保14年(1843年)に刊行された尾張藩の官撰地誌『尾張志』において「尾張六地蔵」の一つとして記されている。

弘化3年(1846年)、講を守っていた小寺左兵衛(月中一夢)が法持寺の27世・大達玄中の弟子となって地蔵堂を再興し、玄中を地蔵堂の開山に迎えたことで、法持寺の境外仏堂・鐵地蔵堂となった。この際に媹姾を合わせて祀り、その説を奉じたという。1873年(明治6年)に一旦は廃絶。1876年(明治9年)に一夢の息子である小寺大拙によって再興された。
大拙は曹洞宗の僧侶であったことから寺は再び法持寺末となり、曹洞宗の寺として扱われた。

1945年(昭和20年)12月の宗教法人令施行に伴って法人となって「如来宗」を称するようになり、1952年(昭和27年)7月に宗教法人法に基づいて法持寺との本末関係を解消して、「宗教法人媹姾院」として独立する。1962年(昭和37年)に「如来教」と変更、鐵地蔵堂も「登和山 青大悲寺」と改号した。

鋳鉄地蔵菩薩立像
地蔵堂に安置されている地蔵菩薩立像は、文政12年(1829年)に同寺が所有するようになったもので、観潮寺にある2体と同様にかつて成福寺の地蔵堂に祀られていたものと伝わる。像高160センチ、裾幅42センチで観潮寺の像とほぼ同形だが、こちらのものは沓を履いていることと、裾部分の造型に若干の違いがあり、そこに施された陽鋳名から室町時代初期の作と考えられている。1960年(昭和35年)に愛知県の文化財に指定された。

新美南吉記念館

愛知県半田市にある新美南吉の記念文学館で、開館は1994年(平成6年)6月。1994年(平成6年)6月、新美南吉生誕80周年・没後50周年を記念し童話『ごん狐』の舞台とされる中山の地に開設された。

建物は社団法人愛知建築士会が主催した全国コンペにより選出されたものである。当時としては最多応募数の中から新家吉宏、岡村雅弘、石田純治の3氏が共同受賞し、その斬新的な構成が話題を集めたほか、1994年度には第2回愛知まちなみ建築賞を受賞している。記念館に隣接する童話の森には遊歩道(せせらぎの小径、あじさいの道、花のき広場、兵十橋)などが整備され、散策や自然観察などが楽しめる。館内の展示室には南吉の残した原稿や日記、手紙などの資料と南吉の作品6点のジオラマ模型の展示が行われている。図書室には、南吉の作品や研究書が多く収蔵されているほか、ビデオシアターでは『ごん狐』や『手袋を買いに』などの作品を月替わりで上映している。2010年(平成22年)6月には明仁天皇・美智子皇后夫妻が同館を来訪した。

サンビーチ日光川

サンビーチ日光川(サンビーチにっこうがわ)は、名古屋市港区の南西部にある市営のプールである。

サンビーチ日光川は、港区藤前五丁目の日光川公園内にある。日光川公園は藤前流通業務団地の一角に整備された公園である。4年の工期を経て、1994年(平成6年)より営業を始めた[1]。財団法人名古屋市みどりの協会が管理しているが、2014年(平成26年)度から2017年(平成29年)度までの4年間は、指定管理者としてPMIサンビーチ日光川に運営を委託している。

特徴としては、日本国内において最大級の水面積の淡水プールであることを挙げている。
「名古屋のワイキキビーチ」と自称し、砂浜を備える3種類のプールから構成される。
また、園内にはプールのほか、飲食店などの設備も備わっている。サンビーチ日光川は夏季のみ営業だが、周囲の日光川公園はオフシーズンでも利用できる。

施設概要
サンビーチ日光川のプールはどれも遊戯用のため、水泳の練習には不向きである。

ウェーブプール
名の通り、波の出るプール。約30分おきに15~20回程度の波が出る。
ビーチプール
こちらは波の出ない一般的なプール。
キッドプール
幼児用の浅いプール。中央に海賊船がある。
ウォータースライダー
普通のスライダー。無料。(ゴーグルの使用可)
レストラン・屋台
飲食店。サンビーチ日光川内にある。

料金
プールへの入場料金として、大人1500円、小中学生700円と設定されている。また、名古屋市内在住の65歳以上の高齢者に限って500円の割引料金がある。未就学児童については入場料がかからない。入場券については、ファミリーマートにおいて事前購入が可能となっている。

所在地
愛知県名古屋市港区藤前五丁目901

愛岐トンネル群

愛知県春日井市にある日本三大廃線トンネル郡は、昭和41年に廃線となり、人々の記憶から忘れられたところを数ヶ月の探索を経て発見され、NPO法人「愛岐トンネル群保存再生委員会」により保存再生が行われる。春・秋の特別公開には日々1,000人を超える人々が訪れる。

ナガシマリゾート

西日本有数の絶叫マシンの宝庫で、愛好家や海外からは「東の富士急、西のナガシマ」と並び称されている。2017年3月現在、園内でのローラーコースターの総数は大小含め12機種(スチールドラゴン2000・白鯨・アクロバット・嵐(ARASHI)・コークスクリュー・ルーピングスター・シャトルループ・ウルトラツイスター・ダブルワイルドマウス・ジェットコースター・チルドレンコースター・ピーターラビットコースター)にも及び、それまで日本一だった熊本県のグリーンランドの10機種を抜いて日本一となった。この為、地元東海地方はもちろん関西地方をはじめとする他地方からの来園者も数多い。夏には屋外プール「ジャンボ海水プール」も開業する。隣接して当地開発の発端となった日帰り温泉施設「湯あみの島」や、「ホテル花水木」「ガーデンホテルオリーブ」「ホテルナガシマ」のホテル群、アウトレットモール「三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島」がある。

勘八峡

愛知県豊田市にある峡谷で、矢作川の中流、平戸橋から越戸ダムに至る2kmの渓谷で、花崗岩の岩盤が浸食されて形成された。越戸ダムが建設される以前はもっと距離が長く、一帯に奇岩、怪石が連続する奇勝として名高く、江戸時代から観光客を相手にした筏の往来があったといわれる。大正時代から昭和時代初期にかけては鵜飼いや遊覧船が行き交い、急流下りなどが行われていた。1927年に新愛知新聞の愛知新十名所の第6位に選出された。こうした風景も、1929年に越戸発電所が完成後には消えてしまった。現在はダム湖畔には桜が植樹されており、花見の名所としても名高い。ダムはカヌーやボートのメッカとして賑わいを見せるが、峡谷を流れる水量はダムによって制限されるために涸渇気味であり、谷を訪れる人は少なくなっている。なお、ダム湖沿いにある国道153号の駐車スペースの下流側から、晴れて空気の澄んだ日には、恵那山が見える。

越戸発電所

ダムの水は中部電力越戸発電所で発電に使われる。越戸発電所は、昭和4年に完成したダム水路式発電所で、昭和初期の建設だが、発電設備等は全て国産品。右岸に魚道があって、間近で観察することができるようだ。階段式魚道か。毎年4月下旬から6月上旬頃までアユの遡上を見ることができる。

ダム湖は「三水湖」で、矢作川、力石川、御船川の3つの川が合流することから名づけられた。天端左岸に三水湖の碑があって、由来が記されている。湖面はボートの練習場に使われており、周辺は勘八峡と呼ばれ、春には桜が楽しめる。