エーゲ海の真珠

クラシックギター 練習録音
Penelope(エーゲ海の真珠)

 この曲は日本では「エーゲ海の真珠」という邦題で知られているが、実はこのタイトルは日本のレコード会社が売り出しに際して、名付けたタイトルで、原題は ペーネロペー [Penelope] と呼ばれている。 

ペーネロペーは、ギリシャ神話に登場するオデュッセウス [Odysseus] の貞淑な妻で、現代の恋に生きる乙女の姿とダブらせて作曲されたと云われている。 

ポール・ モーリアは1970年にレコーディングし、翌1971年にヒットさせ、以来彼のレパートリーの中では最重要曲の1つとなっている。

エーゲ海の真珠の作曲者は
スペイン・カタルーニャの大物シンガー・ソングライター、ジョアン・マヌエル・セラート(Joan Manuel Serrat)が作詞作曲(共作)して69年に歌って大ヒットしたバラード曲。

原題は「Penelope」日本ではポール・モーリアのアレンジした演奏で大ヒットした。

この歌は日本では「エーゲ海の真珠」という邦題で知られているが、日本のレコード会社がおよそこの歌の内容にはそぐわないタイトルをつけて売り出したため、このタイトルで知られることとなった。

花の美しい村 グリメンツ(Grimentz)

「セプテンバー・ソング」は、ジョーン・フォンテーンとジョセフ・コットン主演、ウィリアム・ディターレ監督の映画『旅愁(September Affair)1952』のテーマ曲として有名です。

映画はイタリアを舞台にしたAffair(不倫の恋)、恋愛劇で、これも九月の人恋しさを感じされる物語でした。この映画はアカデミー主演女優賞を獲ったジョーン・フォンテーンの成熟した演技が印象的でした。

 もともと、「セプテンバー・ソング(September Song)」は:クルト・ワイル(Kurt Weill)作曲、マックスウェル・アンダーソン(Maxwell Anderson)作詞のブロードウェイ・ミュージカル『ニッカボッカ・ホリディ(Knickerbocker Holiday)』の挿入歌。

ウォルター・ヒューストン(Wーalter Huston)はカナダ生まれの俳優で歌手ではありません。そのため声域も広くない彼のために書かれたのが「セプテンバー・ソング」(September Song)なのですが、かえってこれが誰でもが口ずさめる親しみやすいメロディをこの歌に与えました。

また、歌詞の内容も良く、「九月の歌」ではありますが、日が短くなるこの時期を愛の感情に重ねて秀逸です。

明るい夏が終る九月という月の持つ季節の変わり目に対して、人が無意識に感じる感傷を表現しています。あるいは人生の秋、無駄にする時間は無くなり、残り少ない時間をあなたと共に過したいという意味も感じられます。この含みが歌詞に豊かな余韻を与えています。

「セプテンバー・ソング」はブロードウェイ・ミュージカルの発表当時から人々に親しまれており、スタンダードな歌となっていました。

それを再びヒットさせたのがフランク・シナトラのバージョンです。この歌唱が今でもこの歌の変らぬスタンダードともなっています。曲と歌詞がシンプルで美しいため、これ以上のアレンジは難しい歌でもあります。一例を挙げれば、ルー・リードのカバー・バージョンもスタンダードに対するひとつの挑戦であるものの、原曲、シナトラを超えるものではありませんでした。

 “September Song”
When I was a young man courting the girls
I played me a waiting game
If a maid refused me with tossing curls
I’d let the old Earth make a couple of whirls
While I plied her with tears in lieu of pearls
And as time came around she came my way
As time came around, she came

[When you meet with the young girls early in the Spring
You court them in song and rhyme
They answer with words and a clover ring
But if you could examine the goods they bring
They have little to offer but the songs they sing
And the plentiful waste of time of day
A plentiful waste of time]

Oh, it’s a long, long while from May to December
But the days grow short when you reach September
When the autumn weather turns the leaves to flame
One hasn’t got time for the waiting game

Oh, the days dwindle down to a precious few
September, November
And these few precious days I’ll spend with you
These precious days I’ll spend with you

・映画挿入歌・ Song:Walter Huston
女を口説いていた若い頃は
 待つのも楽しみだった
 そっぽを向かれフラれても
 時を過ぎるに任せていた
 真珠の代わりに涙を捧げていた
 時がたち想いはかなった
 時がたち彼女は僕のものに

5月から12月までは長い月日だけれど
 9月になると日々は短くなる
 秋の気配が木の葉を赤く燃え立たせる頃
 もう待つことを楽しむ時間はない
 残りの日々は少なく貴重なものになってゆく

9月から11月へと
 この大切な日々を君と共に過ごそう
 大切な日々を君と共に
 月日が流れワインは熟成してゆく

9月から11月へと
 この実り多き歳月を君と分かち合おう
 実り多き歳月を君と共に

バーデン・パウエル:ブラジルの肖像(ショーロ・レント)

20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家、バーデン・パウエルさん(Baden Powell 1937年8月6日 – 2000年9月26日)
作品の中にRetrato Brasileiro(Choro Lento)ブラジルの肖像
というのがあります

肖像というと、特定の人間の外観を表現した絵画や写真、彫刻
個人の識別に必要な身体の部位の顔を含む上半身
あるいは全身が題材となることが多いです
肖似性(類似)が求められる場合もあれば
理想化が求められる場合もあるそうで
芸術的な造形や精神性を示すこともあるようです

ブラジルの肖像となるものは、いろいろあると思いますが
何が相応しいのかな
リオデジャネイロのコルコバードの丘にある巨大なキリストの像
世界遺産の「リオデジャネイロ:山と海との間のカリオカの景観群」
レブロン、イパネマ、コパカバーナのビーチ
ビーチは昼は美しく明るい浜辺でも
夜は泥棒引ったくりの活躍する危険な浜に変貌しますから
注意しないとね

ところで、毎年ブラジルで開催されている美尻コンテスト
ミス・ブンブン(Miss Bum Bum)
ブンブンとは、ブラジルポルトガル語で、お尻の意味です
ブラジル各27州から選出された代表の中から
グランプリが選出されます
もちろんシリコン注入などは禁止です
これなんかね、ブラジルの肖像に相応しい、のかな
と思ったりしてます w

大須コスプレパレード

世界コスプレサミット2023

8月4日(金)〜6日(日)、世界最大級のコスプレの祭典

コスプレの世界No.1を決める大会
『世界コスプレチャンピオンシップ 2023』
オアシス21にてライブ、ステージ

大須コスプレパレードは
8月6日(日)10:30〜12:00

武豊町 壱町田湿地

壱町田湿地植物群落は、武豊町の北西部、海抜30~40メートルのなだらかな丘陵地帯にある。
周辺は昭和30年代前半の沿岸埋め立て用土取り場として採土され、その地形は急変した。
昭和57年から武豊北部地区89ヘクタールが農地基盤整備事業として農地開発されるにあたり、湿地を含む11,000平方メートルを保護地に指定し、周囲をフェンスで囲い、貴重な湿地植物群落を保護している。
昭和59年に愛知県指定天然記念物となり、平成11年には愛知県自然環境保全地域に指定された。

Aurora

オーロラは、天体の極域近辺に見られる大気の発光現象である。極光(英: polar lights)または観測される極域により、北極寄りなら北極光(英: northern lights)、南極寄りなら南極光(英: southern lights)ともいう。

女神の名に由来するオーロラは古代から古文書や伝承に残されており、日本でも観測されている。近代に入ってからは両極の探検家がその存在を広く知らしめた。

オーロラの研究は電磁気学の発展とともに進歩した。発生原理は、太陽風のプラズマが地球の磁力線に沿って高速で降下して地球の大気に含まれる酸素や窒素の原子を励起することによって発光すると考えられているが、その詳細にはいまだ不明な点が多い。

光(可視光)以外にも各種電磁波や電流と磁場、熱などが放出される。音(可聴音)を発しているかどうかには議論がある。

北極点や南極点の近傍ではむしろ見られず、オーロラ帯という楕円上の地域で見られやすい。南極と北極で形や光が似通う性質があり、これを共役性という。

地球以外の惑星でも地磁気と大気があれば出現する。人が地球上から目視できるオーロラの色には、 主に青や緑、赤が挙げられる。

さらに状況さえ再現すれば、人工的にオーロラを出すこともできる。

萬松寺

萬松寺は、愛知県名古屋市中区大須にある単立の寺院。

織田信秀の葬儀の際に嫡男の織田信長が位牌に抹香を投げつけた事件は、大須に移る前の萬松寺が舞台である。

徳川家康は6歳で証人(人質)として今川義元の元に送られる途中で信秀に引き渡され、この寺で9歳まで過ごしたと伝わる。

山号は亀嶽林。本尊は十一面観世音菩薩。織田信長や徳川家康をはじめとする戦国武将との縁が深く、名古屋の歴史的観光名所にもなっている。

天文9年(1540年)、織田信秀により織田氏の菩提寺として那古野城の南側に建立された。開山には信秀の叔父にあたる雲興寺第8世・大雲永瑞和尚が迎えられた。当時は現在の中区錦と丸の内2丁目・3丁目にまたがる広大な寺領を持っていたが、慶長15年(1610年)、名古屋城を築く際に小林邑(現在の大須3丁目)に移建した。

移転後も尾張徳川家朱印寺として篤く信仰され、慶安4年(1651年)には徳川義直室高原院(亜相源敬公大夫人)の御霊屋(霊廟)を建立している。

1904年(明治37年)、シャム国から日本に分骨された仏舎利が覚王山日泰寺に運ばれた際には、萬松寺から行列が出発している。

1912年(大正元年)に第37世大円覚典和尚が寺領の山林の大部分を開放することを決断する。こうして開拓された町は現在の大須3丁目となり、萬松寺は再び賑わいを取り戻すこととなった。

1914年(大正3年)、高原院御霊屋は尾張徳川家の菩提寺である建中寺へ移築される。この御霊屋は1954年(昭和29年)に名古屋東照宮に移築されてその本殿となっている。

しかし、1945年(昭和20年)3月12日の名古屋大空襲で当寺は全焼し、大須も焦土と化した。

戦後、不動堂と稲荷堂は再建できたが、長らく本堂は再建されることはなかった。しかし、1994年(平成6年)4月、ついに本堂が地下1階、地上5階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造の建築物として再建された。

大須一帯の大地主でもあり、万松寺ビルなどを保有している。2016年(平成28年)曹洞宗との被包括関係を廃止して単立寺院となった。

2017年(平成29年)には、2015年(平成27年)から行われていた不動堂および稲荷堂の建て替え工事が完了し、新諸堂「白龍館」としてオープンした。

朝倉遺跡

館跡庭園

第5代当主朝倉義景が住んだ館の跡で、6,500㎡程の敷地があり三方は土塁と濠で囲まれている。常御殿、主殿、会所、茶室、日本最古の花壇のほか、台所、厩、蔵などが整然と配置されていた。東側の山際にある館跡庭園は力強い滝の石組、護岸石組を持ち、その洗練された石組に京都との文化の交流が感じられる。

諏訪館跡庭園

諏訪館は朝倉義景の妻「小少将」の館で、その庭園は遺跡の中でも最も規模が大きい。中心の4m余りの巨石は、滝の石組の一部となっており、全体に水平感と垂直感を基本にして安定感のある構成になっている。この石には江戸時代末に彫り込まれた3代貞景、4代孝景等の法名が残されている。

湯殿跡庭園

義景館跡を見下ろす高台にあり、先ず荒々しい石組に驚かされる。どの石も強い表情を持ち迫力がある。鶴や亀を思わせる島があり、水路が山際に沿って南から北に走り滝口に注ぐ池泉庭園になっている。他の庭園とは様式も感覚も異なり、一乗谷で最も古い庭園とされている。

南陽寺跡庭園

南陽寺は、3代貞景が娘のために再興した尼寺で、館の東北の景勝地にあり、庭には石組と池泉跡が残っている。三段の滝が組まれ、力強い石組になっていまる。ここは後に将軍になる足利義昭を招いて桜を見る宴会を催したところで、庭前には美しい糸桜があったと伝えられている。

下茶屋公園

下茶屋公園は旧東本願寺別院・新御殿の後庭があった場所で、今でも綺麗に整備されている。江戸後期の庭園様式として大変貴重と言われる。

雪見灯篭などの歴史物がありながら、自然もたくさんあるので訪れるだけで日常を忘れられそうです。季節ごとに桜や紫陽花、紅葉など様々な景色が楽しめる。