岡崎城、岡崎公園

岡崎城、岡崎公園 岡崎宿の最大の特徴は27曲がりと称される曲折の多さで、これは1590年に岡崎城主となった田中吉政が岡崎の郊外を通っていた東海道を城下町の中心を通るように10年かけて変更したとき、城の防衛上の理由によるものである。

岡崎城は岡崎公園内にあり別の呼び名では竜ヶ城とも言われ、岡崎公園内は日本の歴史公園100選、さくらの名所100選、日本の都市公園100選に選ばれている。

康生元年(1455年)、三河の守護代の西郷弾正左衛門稠頼が建て、これを大永四年(1524年)、松平清康が(家康の祖父)が攻め落とし、以降松平家の居城となる。

家康は天文十一年(1542年)岡崎城で生まれ、桶狭間の戦いの後家康は増築 に約10年の歳月を費やした。

徳川幕府を開いてからは、徳川家譜代大名たちが住み、天守閣は元和三年(1617年)本多康紀のときに建てられたが、明治6年に破壊された。

大樹寺と岡崎城を結ぶ約3キロの直線は歴史的眺望(ビスタライン)と呼ばれ眺望を遮らないように建物等が配慮されて、直線上に建つことなくその眺望が守られてきた。 天守閣からは岡崎中心部を見渡すことができる。

哀愁のコルドバ・・・岡崎城、岡崎公園

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