世田谷美術館は東京都世田谷区の砧公園にあり1986年(昭和61年)3月30日開館、延床面積は8,223m²、建築面積4,882m²の鉄筋コンクリート造。建築家内井昭蔵の作品で、地下1階・地上2階で、公園の背の高い木々に埋まるように有機的な平面形状で展開される。この世田谷美術館1階展示室で、2016年2月13日~4月10日、西洋服飾史研究家・石山彰氏(1918-2011)のコレクションを中心に、16世紀から20世紀初頭にかけてのファッション・ブックとファッション・プレート、および服飾史研究書や明治時代の錦絵が紹介された。
展示の構成
第1章 ファッション史の始まり 16, 17, 18世紀の文献とファッション・プレート
16世紀後半、ファッション史の創成期には服装を描いた版画集に簡単な説明文を付けた本が出版されるようになる。ジャン=ジャック・ボワサールの『諸国民の服装』や、彩色されるようになったロココ時代末期(18世紀末)の『ギャルリー・デ・モード・エ・コスチューム・フランセ』。
第2章 ファッション・ブックの黎明期 革命期から1820年代まで
18世紀末のフランス革命勃発後、装いは貴族的なスタイルから軽やかなものへ変化する。情報発信の手段ともいえるファッション・ブックが誕生した。
第3章 ファッション・ブックの全盛期 1830年代から19世紀末まで
ファッション・ブックのサイズは大きくなり、人物だけでなく背景も詳しく描かれるようになる。
女性ファッションのシルエットは19世紀の間に5回大きく変化し、巨大化したスカートが特徴のクリノリン・スタイルやバスル・スタイルが流行した。
第4章 ファッション史研究の確立 19世紀のファッション史・民族服文献
16~18世紀の文献の復刻が相次ぎ、ファッション研究は舞台衣装や歴史学・民俗学的視点からも注目されるようになる。異国の衣装を描いた衣装図集『ギリシャの民族衣装』や、クリノリンの形の異様さを描写した風刺的な挿絵も展示される。
第5章 ポショワールのファッション・ブックと挿絵本
第一次世界大戦前、女性のファッションは解放されたスタイルへと変化してゆく。ジョルジュ・バルビエなどのイラストレーターによるファッション・プレートには浮世絵に影響を受けた技法が取り入れられ、鮮やかな色彩が実現した。手作りの版画を用いたファッション・ブックは芸術性を追求。
第6章 洋装化日本のファッション・プレート 楊州周延の錦絵を中心に
日本がヨーロッパの装いを取り入れようとした時代で、錦絵を代表する絵師の1人、楊州周延は文明開化が広まった19世紀後半、洋装姿の女性達を描く。