名所江戸百景

広重最晩年、死の直前まで制作が続けられた代表作で、最終的に完成せず、二代広重の補筆が加わって、「一立斎広重 一世一代 江戸百景」として刊行される。版元は魚屋栄吉。

江戸末期の名所図会の集大成で、幕末から明治にかけての図案家梅素亭玄魚の目録1枚と、118枚の図絵から成る。何気ない江戸の風景を、近景と遠景の極端な切り取り方、俯瞰、鳥瞰などを駆使した視点、ズームアップを多岐にわたって取り入れる。

多版刷りの技術も工夫を重ね、風景浮世絵としての完成度は随一ともいわれている。江戸の人々を魅了し当時のベストセラーとなり、どの絵も1万から1万5千部の後摺りを要したほどと云う。

江戸は安政2年(1854年)の安政の大地震で被害を受け、この名所江戸百景は、災害からの復興を祈念した世直しも意図もあったと云う。ゴッホは「大はしあたけの夕立」や「亀戸梅屋舗」を模写し、ホイッスラーは「京橋竹河岸」に触発され『青と金のノクターン-オールド・バターシー・ブリッジ』を描いた。日本的、「ジャポニスム」の代表作として西洋の画家に多大な影響を与えたシリーズでもある。

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