熱帯スイレン フェスタ (久屋大通庭園フラリエ)

鮮やかな色彩とエキゾチックな美しさで魅了する熱帯スイレンの展示・販売・講習会を開催します。

◆日時 6月23日(金)~8月27日(日)
展示:9:00~16:00
販売:10:00~18:00
◆内容 熱帯スイレンの展示・販売
栽培講習会 7月8日(土)、9日(日)
各日とも①11:00~ ②13:30~
専門マスターによるミニ講習会です。
材料費:1,500円 スイレン栽培セット
参加:各回定員20名 事前電話予約制
TEL052-243-0511 (久屋大通庭園事務所)
◆協力 佳花園 赤塚植物園

西瀬戸自動車道(しまなみ海道)

西瀬戸自動車道
本州四国連絡道路の3ルートのうち、西に位置する尾道・今治ルートで、路線延長 59.4 km、開通年 1979年 – 2006年、起点 尾道市(西瀬戸尾道IC)、終点 今治市(今治IC)。

広島県尾道市の尾道福山自動車道(国道2号松永道路)西瀬戸尾道ICを起点とし、向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島などを経て愛媛県今治市の今治ICに至る、延長59.4 kmの高規格幹線道路(国道317号の自動車専用道路)である。略称は西瀬戸道だが、西瀬戸自動車道周辺地域振興協議会が公募した愛称である瀬戸内しまなみ海道または、単にしまなみ海道と呼ばれることが多い。

白線に沿って自転車道を示す青い舗装がされ、現在地から今治・尾道までの距離が表示されている。新尾道大橋を除き、尾道から来島海峡大橋までのルートには歩行者、自転車、原動機付自転車(125cc以下の自動二輪車を含む)の専用道路(広島県道466号向島因島瀬戸田自転車道線・愛媛県道325号今治大三島自転車道線)が併設されている。

本光寺 (三河のあじさい寺 : 愛知県幸田町)

山門に向かう参道の両脇や境内には合計約1万本のアジサイが植えられ、6月頃には多くの観光客で賑わうことから、別名、あじさい寺として知られる。1523年(大永3年)、深溝松平家の初代当主松平忠定によって開基された深溝松平家の菩提寺である。

希聲英音によって大洞山泉龍院の末寺として開山、転封により深溝松平家が島原藩に移ったのちも、歴代藩主の遺体は本光寺に運ばれて埋葬された。本尊は釈迦如来像、脇士の地蔵菩薩像と千手観音像は運慶作と伝わる(実際の作者は不明)。西廟所と東廟所に分かれ、西廟所には深溝松平家1〜5代と11代当主、東廟所には6〜10代、12〜19代当主の霊廟がある。

深溝松平家(ふこうずまつだいらけ)は、松平忠定を祖とする松平氏の分枝で十八松平の一つで、先祖を松平信光まで遡ると徳川家康と共通の祖となる家である。大永4年(1524年)、五井松平家2代・松平元心が松平宗家当主・松平長親の命により額田郡深溝城主・大場次郎左衛門を討ち獲る。


この元心の戦功を譲られた弟・松平忠定によって、深溝松平家は発足されたという。一方で、島原市の本光寺の記録によると、岩津家の松平親長の娘と婚姻してその所領を譲受し発祥させたというが、真偽のほどはわからない。

その後も深溝城主であり続け、2代・松平好景、3代・松平伊忠は徳川家康の岡崎城での独立期から善明堤の戦いなどで働きを示し続けた。4代・松平家忠は酒井忠次の指揮下に組み込まれ、「長篠の戦い」などで功を挙げた。天正8年(1590年)の徳川家の関東移封で、家忠は武蔵忍に1万石を与えられている。しかし慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いの前哨戦であった「伏見城の戦い」において、守将・鳥居元忠の副将格として伏見城で籠城玉砕している。

3代・伊忠以来、主殿助(4代・家忠からは主殿頭)の通称を用いていたため、松平主殿家とも言われる。慶長6年(1601年)、関ヶ原での戦勝により家忠の子・松平忠利は、念願であった旧領復帰が叶い三河国深溝藩1万石の大名となった。

その後、慶長17年(1612年)3万石に加増された上で同吉田藩へ移った。松平忠房の代に三河国刈谷藩、丹波国福知山藩と転封を続け寛文8年(1668年)6万5,000石で、肥前国島原藩に入った。寛延2年(1747年)、戸田忠盈と入れ替わりで下野国宇都宮藩へ移封。安永3年(1774年)再び宇都宮藩と入れ替わりで島原藩に入り、以後定着して明治維新を迎える。維新後、子爵。

大江戸助六太鼓

東京初の組太鼓「助六太鼓」の発祥と大江戸助六太鼓、戦後復興期に夏の娯楽と言えば盆踊りであった。

東京・本郷で育った小林正道は、1956年、12歳で盆踊りの太鼓を打ち始める。
湯島天神第1回盆太鼓コンクール優勝者であった小林を始め、歴代入賞者が舞踊家・真田実氏の呼び掛けのもとに参集し、杵屋佐三造氏に師事し、相互練習・研摩の末、和太鼓に三味線音楽を取り入れた「新音太鼓」として発表。彼等は小林晟高を中心とする「大江戸助六会」のメンバーであり、暫時後に小輪瀬晋氏の元、東京初の和太鼓だけのアンサンブル (=組太鼓)「助六太鼓」として活動。湯島天神保存会助六太鼓グループとして奉納し、名を残す。東京都内はもとより全国各地・海外においても脚光を浴び、一世を風靡した。その後、助六太鼓保存会としての活動からさらなる舞台芸術としての発展を目指し、小林率いる「大江戸助六太鼓」となり現在に至る。

久屋大通公園

久屋大通は名古屋市中心部の栄を南北に貫く道路で、延長1738 m、平均幅員112.17 m、中央分離帯にある公園も含めた道路幅員において若宮大通(100 m)、札幌の大通公園(105 m)をしのぎ、日本一の広さがある。尾張徳川藩初代藩主である徳川義直が、末長く繁盛することを願って久屋町と命名したことが由来とされる。戦後、名古屋市の戦災復興土地区画整理事業の換地方式によって誕生した久屋大通は、久屋大通公園を挟んで東西に分かれて、それぞれ一方通行になっている。

南行起点:久屋橋交差点 – 終点:若宮大通久屋交差点
北行起点:若宮大通交差点 – 終点:久屋橋西交差点

通りに面して専門店や飲食店、緑地公園があるなど共通点が多いことから、1989年(平成元年)に、久屋大通発展会とフランス・パリ市のシャンゼリゼ委員会とあいだで友好提携がなされ、パリのシャンゼリゼ通りとの姉妹提携が結ばれた。これは、この数年前に東京・銀座がシャンゼリゼ委員会に姉妹提携を持ち掛けたものの断れられたという経緯を経ての提携であった。

これは、この数年前に東京・銀座がシャンゼリゼ委員会に姉妹提携を持ち掛けたものの断れられたという経緯を経ての提携であった。1986年(昭和61年)8月10日の道の日に、名古屋市を代表するシンボルロードとして、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された、「日本の道100選」のひとつに選定される。

年表
1964年(昭和39年)9月6日
復興土地区画整理事業に伴い、道路法に基づく道路として認定。

1970年(昭和45年)1月14日
中央緑地帯が、都市公園法に基づく公告により、都市公園区域に指定。

1986年(昭和61年)8月10日
「日本の道100選」に選定。

1989年(平成元年)
久屋大通発展会とパリのシャンゼリゼ委員会が姉妹提携締結。

有松絞りまつり 2017

有松絞りまつり ・絞り回廊~未来へつなぐタペストリー~

https://youtu.be/FSW0MSB587Q
・古戦場史跡探訪ツアー(13:00出発 各日先着60名 受付10:00~)
・ロボカップ2017名古屋世界大会プレイベント
・SHIBORI MIX+~絞りをいっしょに楽しもう~
10:00~17:00(受付終了15:00)
ハンカチ・手ぬぐい(500円・1,000円)
・町並みツアー&よもやま話(受付 10:00~15:00)
・絞り教室プレミアム[予約定員制]
午前の部 10:00~13:00/午後の部 13:30~16:30
スカーフ麻100%(5,000円)
・山車飾り・展示実演
東町・中町・西町(西町は展示のみ)10:00~16:00(随時開始)
東町・中町 順次1時間毎にからくり実演(雨天中止)
・中日写真協会撮影会 3日(土) 11:00~14:30
・マーチングパレード 3日(土)、4日(日) 9:30~