大津 石山寺 瀬田の唐橋

石山寺は滋賀県大津市石山寺1丁目にある東寺真言宗の寺で本尊は如意輪観音。開基は良弁で京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ有数の観音霊場で、西国三十三所観音霊場第13番札所。

『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。歌川広重の「近江八景」の「石山秋月」でも知られる。

また、「近江八景」では「瀬多夕照」として往時の唐橋が描かれている。瀬田の唐橋は滋賀県大津市瀬田の瀬田川にかかる橋で全長260m、勢多の唐橋、瀬田の長橋とも言われ、宇治橋、山崎橋とならんで日本三古橋の一つとされてきた。瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田の唐橋は、当時京都防衛上の重要地であったことから、古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。

宗長(室町時代の連歌師)の歌で「もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」急がば回れの語源とされている。当時、京都へ向かうには、矢橋から琵琶湖を横断する海路の方が瀬田の唐橋経由の陸路よりも近くて速いのだが、比叡山から吹き下ろされる突風(比叡おろし)により危険な航路だったため、このような歌が歌われた。松尾芭蕉も旅の途上にてこの橋を詠む。五月雨に隠れぬものや瀬田の橋。橋桁の忍は月の名残り哉

大塚国際美術館 (The Otsuka Museum of Art)

陶板複製画を中心とした博物館である大塚国際美術館は徳島県鳴門市の鳴門公園内にある。大塚製薬グループの創業75周年事業として1998年(平成10年)に開設され、運営は一般財団法人大塚美術財団で、とくしま88景に選定されている。

国立新美術館(2007年(平成19年)開館、47,960m²)に次ぐ美術館(延床面積29,412m²)で、面積では日本第2位の美術館建築である。大塚グループの企業、大塚オーミ陶業株式会社が開発した特殊技術により、世界中の名画を陶器の板に原寸で焼き付けて再現された作品が展示される。陶板複製画は、風水害や火災などの災害、光による色彩の退行に非常に強いため約2,000年以上そのままの色と形で残るので、文化財の記録保存のあり方に大いに貢献すると期待されている。

大塚国際美術館では写真撮影が可能で、直接作品に手を触れられる。また、今となっては現存しない作品(修復前の、レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』・戦火で失われたゴッホの『ひまわり』)や戦災等で各地に分散されている作品(エル・グレコの大祭壇衝立)を復元するなどの試みも行われている。板を組み合わせることで大型化にも対応できるので、ミケランジェロの『最後の審判』もオリジナルの展示環境全体を再現したシスティーナ・ホールに展示されている。

鑑賞ルートは、地下3F~地上2Fまで約4km、主な展示作品は世界25ヶ国・190余の美術館が所蔵する西洋名画1,000余点をオリジナルと同じ大きさに複製し展示している 。

B3F
システィーナ・ホール、スクロヴェーニ礼拝堂、フェルメールの部屋、聖マルタン聖堂壁画、聖ニコラオス・オルファノス聖堂、聖テオドール聖堂、貝殻ヴィーナスの家、エル・グレコの部屋、ポンペイの「秘儀の間」など

B2F
モネの大睡蓮、バロック系統展示(レンブラント「夜警」など)、ルネサンス系統展示(ダ・ヴィンチ「モナリザ」「最後の晩餐」(修復前と修復後)・ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」など)

B1F
ゴヤの家、バロック系統展示、近代系統展示(ゴッホ「ひまわり」・エドヴァルド・ムンク「叫び」・ウジェーヌ・ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」・ジャン=フランソワ・ミレー「落穂拾い」など)

1F
現代系統展示(パブロ・ピカソ「ゲルニカ」など)

2F
現代系統展示
これらの陶板複製画約1,000余点は、ピカソの子息や各国の美術館館長、館員が来日し検品を行っている。

公式HPで詳細な展示作品リストが公開されている。

カサ・ビセンス(バルセロナ)

アントニ・ガウディが初期に手がけた重要な建築物の1つで、バルセロナのグラシア地区に現存している。レンガやタイル工場の社長であったマヌエル・ビセンスとその家族の住居として建設され、外観はムデハル様式の影響を受けている。

ムデハル様式 はアラビア語で残留者を意味する「ムダッジャン」に由来し、レコンキスタの後、残留イスラム教徒の建築様式とキリスト教建築様式が融合したスペインの建築様式で、特徴は建物の壁面に幾何学文様の装飾を施している。

マヌエル・ビセンスは1895年に死去、1899年にはアントニオ・ジョベル医師の手に渡る、この人物は2013年現在の所有者の祖父。改修および増築を経て、1969年にスペインの歴史芸術モニュメントに認定、2005年にはユネスコの世界遺産に登録。2007年10月に2700万ユーロで売りに出され、2014年3月27日、モラバンクがカサ・ビセンスを購入し、2016年の一般公開に向けて準備を進めている。

ベルト・モリゾ(Berthe Morisot)

1841年フランスのブールジュに生まれる。

ウーディノ、コローらのもとで絵画を学び、マネやルノワールら印象派の画家たちとの交流を通じ独自の絵画技法を編み出す。

男性中心の19世紀における印象派画家の一人で、美術史においても数少ない女性画家である。

パステルカラーの色合いで対象物を写真の一風景のように捉える構図、そして、大胆な筆さばきが特徴。

マネとは非常に親しい間柄マネの絵画のモデルとしても知られ、後にマネの弟ウジェーヌと結婚し娘ジュリーをもうける。

後年の作品はこの娘ジュリーや、夫であるウジェーヌを題材にした牧歌的な作品が多い。

モリゾ家はロココ時代の画家ジャン・オノレ・フラゴナールの家系と言われ、モリゾが好んで描いたモチーフは、自らの周囲、当時の上流階級の優雅な生活の風景が多く、風俗画の伝統を受け継いでいるという一面もある。

晩年にいたるまで盛んに製作を行い、画家ではマネやルノワール、画家以外ではマラルメと盛んに交流を行った。

1895年に54歳で死去。

エーゲ海、アンドロニス ラグジュアリー スイーツホテル

アンドロニス・ラグジュアリー・スイーツ・サントリーニ(Andronis Suites)は,崖を彫って建設され、神々しい火山の威容と紺碧のエーゲ海をカルデラの崖から見下ろすチャーミングな白塗りの別荘。

伝統的なキクラデス様式の建築と現代的なインテリアで、広々とした客室から望む息を呑むような景観はエレガンスとミニマリズムの美しい融合。

静かで落ち着いた滞在を楽しみながら賑やかなイア地区にも簡単にアクセスできる便利な場所に位置する。

健康的で自然なライフスタイルを提唱するというコンセプトで、マッサージルーム、高級スパ、バイオ・オーガニックの食材のみを使用した料理の地中海料理レストランに反映される。

客室数は16 室で冬季は閉館。

ジャン・フレデリック・バジール

フランスの印象派画家、ジャン・フレデリック・バジール(Jean Frédéric Bazille
1841年12月6日 – 1870年11月28日 )は、ラングドック=ルシヨン地域圏・エロー県のモンペリエで裕福なプロテスタントの家庭に生まれた。

ウジェーヌ・ドラクロワの作品を見て絵画制作に興味を持ち、医学も同時に勉強するという条件つきで、1862年、パリに出た。

ピエール=オーギュスト・ルノワール、アルフレッド・シスレーと会い印象派絵画に引き寄せられる。

医学の試験に失敗した後は絵画に専念し、親しく付き合った友人には、クロード・モネ、アルフレッド・シスレー、エドゥアール・マネがいる。

バジールの作品の多くは人物画で、風景の中に主題の人物を配置する。

バジールは裕福で気前がよい性格で、困っている友人たちに自分のアトリエや画材を使わせたりして支援を惜しまなかった。

サロン・ド・パリに落選したクロード・モネの『庭の女たち』を2,500フランで買い取り、月に50フランずつの分割払いにして援助した。

普仏戦争で、28才で戦場に斃れた。

アレクサンドル・カバネル (Alexander Cabanel)

フランスの新古典主義・アカデミー画家、歴史画家、肖像画家であるアレクサンドル・カバネル (Alexander Cabanel、1823年9月28日 – 1889年1月23日)は、正確なデッサンで甘美で官能性に溢れた神話的女性像を手がけ名声を博す。

新ロココ様式とも呼べる画風の『ヴィーナスの誕生』は、時の皇帝ナポレオン3世が購入するほどの高評価を得た。

カバネルは典型的なアカデミー的作風で成功したため、同時代の印象派の画家らから敵対視され、印象派の陰となり評価が不当に低くなっていた。

そのため現在も研究が進んでおらず、多くの代表作が行方不明となっている。

1823年パリに生まれ、1840年から五年間パリ国立美術学校でアカデミックな絵画を学ぶ。

1841年、サロン初出展、1845年にはローマ賞し、イタリアへ留学。

1863年、アカデミー会員選出など、順調に地位を確立し、フランス支庁舎の装飾など公的な注文を受けるなど、数々の名誉を得た。

1889年、生地であるパリで死去。

代表作

モーゼの死(1851年)ニューヨーク、ダヘッシュ美術館

ニンフとサチュロス(1860年)私蔵

ヴィーナスの誕生(1863年)パリ、オルセー美術館

フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの死(1870年)パリ、オルセー美術館

Keller伯爵夫人(1873年)パリ、オルセー美術館

フェードル(1880年)モンペリエ、ファーブル美術館

オフィーリア(1883年)私蔵

カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵夫人(1887年)イギリス、ケドルストン・ホール

有罪の囚人で毒を試すクレオパトラ(1887年)私蔵

Eve After the Fal 私蔵

アダムとイヴの楽園追放 私蔵

アール・ポンピエ(L’art pompier)は、 Pompéin(ポンペイ)、pompeux(もったいぶった)の洒落とも言われている。

19世紀後期、フランスの格式ばったアカデミック絵画、とくに歴史画、寓意画を指す言葉で、侮蔑的に使われた。

直訳すると、「消防士の美術」で、当時のフランスの消防士がかぶっていた、馬の尻尾の毛のついた風変わりなヘルメットに由来する。

このジャンルの作品の中に出てくる、寓意的な化身、古代ギリシア・ローマの戦士、ナポレオンの騎兵のかぶっていたギリシア式のヘルメットによく似ていたことによる。

ポンピエ美術は、ブルジョワジーの嗜好を具現化したもの、偽りのもの、誇張と見られていた。しかし、このジャンルの絵を支持する人は、この言葉を忌み嫌った。

パリのオルセー美術館では、アール・ポンピエが、当時の印象派、写実主義と同等に展示され、アール・ポンピエは再評価を受けている。

徳力富吉郎版画館 (伊勢、おかげ横丁)

木版画家の徳力富吉郎氏は京美工卒後、土田麦僊塾に学び日本画で国展樗牛賞・国画賞を受賞する。自画・自刻・自摺りによる創作木版画を手がけ、平塚運一・棟方志功らと同人誌「版」を、麻田弁自らと「大衆版画」を発行する。

版画制作所を設立し、浮世絵方式による量産も行いニューヨーク等海外個展多数開催する。代表作に全紙判版画「京百景」等があり、茶人・粋人としても著名で、平成12年(2000)歿、98才。

木版画家徳力富吉郎氏の記念館が、伊勢市宇治中之切町52 おかげ横丁内にある。

おかげ横丁は伊賀上野にある「清雅堂」という骨董屋がモデルの建物で、軒先が低く母屋に蔵がついた伊賀地方独特の商家の様子を残す。山口誓子俳句館も併設され、投句箱が設けられ毎月入選句が掲示される。

赤福餅の中には、徳力富吉郎さんの作品『伊勢だより』が日替わりで入っている。

メゾン・ランドゥメンヌ東京 (Maison Landemaine Tokyo)

パリで「最高のパン屋賞」を受賞した人気ブーランジェリー・パティスリーが日本に初上陸。パリにある「メゾン・ランドゥメンヌ」の東京支店、「メゾン・ランドゥメンヌ東京」が2015年3月30日に港区麻布台にオープン。

「メゾン・ランドゥメンヌ」は、パン職人の石川芳美さんとパティシエとして活躍するロドルフ・ランドゥメンヌさんの二人で、2006年にオープンしたお店で開店以来人気が高まり、毎年出店を重ね現在ではパリ市内に8店舗を開く。

「メゾン・ランドゥメンヌ」は数々の賞を受賞し2011年にはパリのグルメガイド「ピュドロ」でブーランジェリー・オブ・ザ・イヤーパリ、”パリで最高のパン屋賞”を受賞。
ピュドロは、ミシュランの次に有名なグルメガイドブック。

2013年には仏フィガロ誌の「パリで最も美味しいクロワッサン」の第3位に選ばれる。

Maison Landemaine Tokyo(メゾン・ランドゥメンヌ トーキョー)
住所:東京都港区麻布台3-1-5 六本木
営業時間:月曜〜土曜 7:00~20:30(L.O 20:00)
日祝日 7:00~19:30(L.O 19:00)
※ランチタイム:平日11:30~14:30 / ブランチタイム:土日祝日 10:00~14:00
定休日: 不定休

タイ、クッド島の高級リゾート・ソネバキリ

タイで4番目に大きな島、昔ながらの原風景を残すクッド島。

自然に恵まれ、環境と共存する設計で、シャム湾を見渡す海側と丘側に建てられたヴィラはわずか35棟というソネバ キリ Soneva Kiri。

全てプライベートプール付きで、客室面積は403㎡以上、土に戻る地球に優しい素材を使用していて贅沢な空間の中、清閑なひとときを楽しめる。木の上で食事ができるユニークなレストラン、水辺にスクリーンを浮かべた野外シアター、部屋にはダイニングも多彩に用意されリゾート内で栽培された有機野菜、近海で採れた魚介などの食事ができる。