談山神社(奈良県桜井市)

談山神社(たんざんじんじゃ)は奈良県桜井市の多武峰(とうのみね)にあり、祭神は中臣鎌足(談山大明神・談山権現)である。談山の名の由来は、中臣鎌足と中大兄皇子が、大化元年(645年)5月に大化の改新の談合をこの多武峰にて行い、後に「談い山(かたらいやま)」「談所ヶ森」と呼んだことによるとされる。

創建は天武天皇7年(678年)、本殿様式は春日造、神仏霊場巡拝の道37番(奈良24番)の札所等である。例祭は11月17日で、主な神事は蹴鞠祭。拝殿や十三重塔は戦前に何度か日本銀行券の図案に採用されたことがある。紅葉の名所として名高く、また桜も多く標高が高いことから周辺よりも遅咲きの桜が楽しめる。神仏分離以前は寺院で、多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)であった。大和七福八宝めぐり(三輪明神、長谷寺、信貴山朝護孫子寺、當麻寺中之坊、安倍文殊院、おふさ観音、談山神社、久米寺)の一つに数えられる。

鎌倉時代に成立した寺伝によると、藤原氏の祖である中臣鎌足の死後の天武天皇7年(678年)、長男で僧の定恵が唐からの帰国後に、父の墓を摂津安威の地(参照:阿武山古墳)から大和のこの地に移し、十三重塔を造立したのが発祥である。談山神社から御破裂山への山道があり、その奥に中臣鎌足の墓所といわれる場所がある。
談山神社から、少し歩いたところに中臣鎌足の次男、淡海公(藤原不比等)の墓といわれる石塔がある。

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