国府宮神社 はだか祭り 2017

愛知県稲沢市の国府宮神社で開催される儺追神事(なおいしんじ)、通称・はだか祭りは、毎年旧正月十三日に行われる。2017年の開催日は2月9日(木)。儺追神事の関連行事は2月8日(水)~2月10日(金)まで行われる。

儺追神事の当日は、朝5時に行なう「神男一番祈祷」を皮切りに、厄除けのご祈祷を受ける人や御守りの「なおいぎれ」等を受ける人々で境内は雑踏する。午後三時になると神男が参列し、本殿において「儺追神事」が斎行される。その頃拝殿の外では近隣各地区からの裸男達の集団が次々と「なおい笹」を捧げ喚声を上げて威勢良く拝殿へ駆け込んで来る。

最後に小池正明寺地区の手桶隊が登場し、裸男達をめがけて水をかける。すると裸男達は待ちわびたかのように一層大きな喚声を上げ神男の登場を待つ。この時から神社周辺は異様な雰囲気に包まれる。神事の最中、神男は警護の者に守られ、全身無垢の姿で参道に群がっている裸男達の中に飛び出す。

裸男達は、神男に触れる事で自分達の厄災を祓うことが出来ると信じ、一斉に神男に殺到する。神男が、はだかの群集に揉まれ触れられ人々の厄災を一身に受けて儺追殿に納まった後、神事が終了する。このはだか男達の揉みあいは、江戸時代末頃から始まった。

パームビーチ (フロリダ州)

パームビーチ(Palm Beach)は、アメリカ合衆国フロリダ州南東部に位置する町。マイアミの北約100km、ウェストパームビーチとワース湖(Lake Worth)を隔てた砂洲の上に位置する。町の名が示す通りパームツリーの並木道で、通りの両側には豪邸・別荘が建ち並ぶ。

常住人口は10,468人(2000年国勢調査)だが、季節限定の「住民」を含めるとその3倍、30,000人に上ると推計されている。2004年の推計では、常住人口は9,860人であった。ウェストパームビーチが南フロリダ大都市圏の北端をなす商工業都市であるのに対し、このパームビーチは富裕層の別荘地・リゾート地としての性格を持っている。

住民の平均所得は高く、人口1人あたり100,000ドルを超える。
2003年、ロブ・レポート誌(Robb Report)はパームビーチを「全米で最も住みやすい都市」に選んだ。1878年、ハバナからバルセロナへココナッツを運んでいたスペインの船が難破し、この砂洲にたどり着いた。期せずしてこの砂洲への最初の入植者となったスペイン人たちは、船の名前を取ってこの砂洲をプロビデンシア(Providencia)と名付け、商業的なココナッツ栽培の拠点とするべく、この熱帯の砂洲にココナッツを植え始めた。

やがてフロリダの鉄道王ヘンリー・フラッグラー(Henry Flagler)がこの地に目をつけ、この砂洲の土地を次々と購入していった。フラッグラーはこの地をリゾートとして開発すべく、まずフロリダ東海岸鉄道(Florida East Coast Railway)を引いて交通の便を整えた。そして、ロイヤル・ポインセチア・ホテル(Royal Poinciana Hotel)とブレイカーズ・ホテル(Breakers Hotel)という2軒の高級ホテルを建てた。

対岸にはその2軒のホテルの従業員が住むための町としてウェストパームビーチを建設した。本土側のウェストパームビーチは、1920年代の建設ブームによって商工業都市へと発展していった。1902年には、フラッグラーはパームビーチにホワイトホール(Whitehall)という自らの邸宅を建てた。

1911年4月17日、パームビーチは正式な町になった。1929年、ガーデン・クラブ・オブ・パーム・ビーチ(Garden Club of Palm Beach)が町に加わり、正式に都市計画の後援団体となった。その後現在に至るまで、パームビーチは戦略的かつ包括的な都市計画のもとに、都市の質と美観を保っている。

アメリカ合衆国統計局によると、パームビーチ町は総面積27.0km²(10.4mi²)である。このうち10.2km²(3.9mi²)が陸地で16.9km²(6.5mi²)が水域である。総面積の62.45%が水域となっている。フロリダ州の大西洋岸のビーチリゾートを結ぶ州道A1Aがパームビーチの中心部を南北に貫き、町の中心部は砂洲の一番広い部分につくられ、道路が碁盤の目のように整然と区画されている。

オーシャン大通り(Ocean Boulevard)には富裕層やセレブリティの豪邸や別荘が建ち並び、大西洋のビーチのほとんどはこれらの邸宅・別荘のプライベート・ビーチ(私有地)である。ワース通り(Worth Avenue)は「南のロデオ・ドライブ」と呼ばれ、高級ショップが並ぶ。また、町の北と南に2ヶ所のカントリークラブがある。

湯ヶ島温泉 落合楼 村上

国指定登録有形文化財に指定された和とモダンな雰囲気が織り成す空間の落合楼は伊豆半島を流れる狩野川の起点、本谷川と猫越川の「」落ち合う」場所にある。明治14年に、逗留中の山岡鉄舟が宿の庭から川の落ち合う様子を眺め「落合楼」と称したのが由来となっている。

明治七年に足立三敏が、本谷川と猫越川(ねっこがわ)が合流して狩野川の起点となる当地に旅館業を営み「眠雲樓」と称したのが眠雲樓落合楼の創始。以降、落合楼の名称が用いられてきたと伝えられる。

昭和十年一月には、北原白秋が20日余り滞在して歌作に専念してたという記録がある。建物のうち玄関を含む本館の一部と眠雲亭は、昭和8年から12年にかけて建てられた。良質の建築材をふんだんに使った贅沢な造りで、国指定登録有形文化財に指定されている。

客室数 14室全室バス・トイレ付(収容人員56名)
お風呂 大浴場(内湯)、天狗の湯(露天風呂)、貸切露天風呂(要予約)
入浴時間 15:00~翌10:00
宴会場 紫檀の間:108畳/梅1:36畳/梅2:59.4平米/梅3:36畳/竹1:15畳/竹2:15畳/竹3:15畳
菊1:15畳/菊2:15畳/菊3:15畳/しゃくなげ:10畳+10畳
施設 眠雲橋、ロビーラウンジスワン、テラス、売店、完備

ブレッド湖 (スロベニア・ブレッド)

リュブリャナ空港から55km、首都リュブリャナからは35kmの場所に位置するブレッド湖(スロベニア語: Blejsko jezero、ドイツ語: Veldeser See)は、スロベニア北西部ユリアン・アルプスに位置する氷河湖である。

長さ2,120m、幅1,380mで、面積1.45 km2、最大水深 30.6 m、水面の標高は475 mで、この地域一帯はスロベニアを代表する観光地でもある。ブレッド湖周辺は風光明媚な環境で、山並や城の景色が広がり、湖北岸には中世のブレッド城がある。湖には、スロベニアでは唯一の自然のブレッド島が浮かぶ。

いくつかある建物のうちメインとなるのは、聖マリア教会(Cerkev Marijinega vnebovzetja)で15世紀に建てられ、52mの塔と99段の階段がある。教会では定期的に結婚式も行われている。ブレッド湖はボート競技には条件がいい場所で、1966年、1979年、1989年、2011年に世界ボート選手権が開催された。