伊勢神宮

「伊勢神宮」とは通称で正式名称は地名の付かない「神宮」、他の神宮と区別するため「伊勢の神宮」と呼ぶこともあり神社本庁の本宗である。古代においては皇室が先祖に対して祭祀を行う二つの廟が伊勢の神宮と石清水八幡宮で二所宗廟と呼ばれる。

しかし、古代は石清水八幡宮ではなく宇佐神宮だったとも言われ、石清水八幡宮に変更になったのは中世から、との説もある。江戸時代の学者・貝原益軒『筑前国続風土記』に、「四所の宗廟とは、東に伊勢、西に香推、南に石清水、北に氣飯」とあり四所宗廟という言い方もあるが謎も多い、京を中心として、皇室とゆかりのある神社を東西南北で比定したものと考えられている。

伊勢神宮には、太陽を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と
衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮、豊受大神宮は外宮と呼ばれる。

神宮が所有している森林は「神宮宮域林」と言われ、五十鈴川の水源である神路山、島路山、高倉山の3山からなり約5500ヘクタール。

佐八苗圃では神宮の祭事に使用する榊などをそだて、1.7ヘクタールに約2万の榊が栽培される。「伊勢神宮は、参拝した日が誰でも吉日であるから」、「伊勢神宮では個人的な吉凶を占うことがはばかられるから」という説があり伊勢神宮にはおみくじがない。内宮前のおかげ横丁では、犬の置物とセットになった「おかげ犬」のおみくじ、「おかげ干支みくじ」が売られ、第三銀行おかげ横丁出張所では利用明細票に運勢を表示するおみくじ機能付き現金自動預払機(ATM)が設置されている。

玄宮楽々園

国の特別史跡「彦根城跡」の区域内にある旧大名庭園で、隣接する楽々園とともに「玄宮楽々園」として国の名勝に指定されている。

江戸時代初期、延宝6年(1678年)、彦根藩4代藩主井伊直興が整備したと伝わるが原形となる庭園が造営された時期や規模は明確ではない。江戸時代後期の文化10年(1813年)に、第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整えられたといわれる。

江戸時代の大名屋敷には「地震御殿」や「地震の間」と呼ばれる耐震建築があり、この楽々園の裏手には石を積み上げた高台の上に平屋建ての茶室風の建物の地震の間がある。中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝の離宮庭園を参考にして「瀟湘八景」を「近江八景」に置き換えて作庭されたと伝わる。

天守を借景として、中心の入り組んだ池には4つの島と9つの橋が架かり、畔には臨池閣、鳳翔台、八景亭などの建物がある。