真宗大谷派名古屋別院

名古屋市中区にある真宗大谷派名古屋別院、通称は、「東別院」、「東御坊」、「名古屋東別院」、「東本願寺名古屋別院」。真宗本廟(東本願寺)を本山と仰ぎ、開基は東本願寺第十六代法主 一如。

元禄3年(1690年)尾張藩第2代藩主・徳川光友より織田信秀の居城、古渡城の跡地約1万坪の寄進を受けて建立。

文化2年(1805年)五代惣兵衛が本堂を再建。本山である東本願寺に多額の寄進をしたことにより使用する材木の調達を一手に請負うことに成功。

文政6年(1823年)新たな本堂が竣工。この年、本山の御影堂と阿弥陀堂が焼失し、緊急の措置として、別院、当時の呼称は「名古屋御坊」の古御堂が東本願寺の本堂とされた。

明治期

愛知県庁や愛知県議会の機能が同地に設置。

明治7年(1874年)「名古屋博覧会」の会場としても使用。

昭和20年(1945年)3月12日、名古屋大空襲の被害を受け本堂をはじめほとんどの施設が焼失。現在の本堂は、戦後再建された。紙本墨画淡彩四季山水図 六曲屏風一双は国指定の重要文化財、梵鐘は名古屋市指定文化財である。

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