宇宙を疑似体験できるツアー、だそうですよ

高度2万5000メートルの成層圏に

気球を使って行く、というツアーの募集が始まったそうです

成層圏と言うと、地上およそ1万メートルから5万メートルにある空気の層ですが

通常、飛行機が飛んでいるのは、高度1万メートル前後の場所なので

2倍以上高い場所に行くイメージですね

宇宙は、地上から100キロ以上の場所、ということですが

成層圏まで行くと、地球を見下ろすことができるそうです

地球が丸みを帯びているのが分かりますね

今回の気球は、ヘリウムガスを使い

高度4万メートルまで飛ぶことができ

ヘリウムガスの量を調整することで

成層圏まで到達し、高度の維持や地上への降下を

行うことができるそうです

宇宙を疑似体験できるとして

北海道のスタートアップ企業と大手旅行会社が

気球で成層圏まで行ける、というツアーを企画して

価格は、1人2400万円

ことし12月以降に最初の打ち上げを予定して

今月から乗客5人の募集を開始した、そうです

人が乗車するキャビンは2人乗りで

操縦者とペアで乗り込んで成層圏に向かい

地上から2時間かけて成層圏まで上昇し

1時間ほど宇宙や地球を眺めたあと

1時間かけて地上へ降りてくるということです

訓練は不要、だそうですよ

それより、断然お手軽、VRで、宇宙船に乗ったつもりで

船内を座敷わらしのように、ピョンピョン、とかね w

アバターで身振り手振り、言葉あてゲームのシャレード(charade)

やってみました

マチュ・ピチュの歴史保護区

マチュ・ピチュの歴史保護区(マチュ・ピチュのれきしほごく)は、ペルーのクスコ県にあるマチュ・ピチュ遺跡と、その周辺を対象とするUNESCOの世界遺産リスト登録物件である。マチュ・ピチュ遺跡はインカ帝国時代の遺跡の中では保存状態がきわめて良く、それに加えて周辺の自然環境は優れた景観の中に絶滅危惧種・危急種をはじめとする重要な動物相・植物相を含んでいることから、1983年に複合遺産として登録された。総面積は約326km2で、そのうち都市遺跡部分は約5km2である。

マチュ・ピチュの都市遺跡の発見は1911年のことであった。かつてインカ帝国がスペインに攻略された際に、莫大な財宝が運び込まれたとされる伝説の都ビルカバンバを探していたアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムは、地元の少年を案内役に雇い、クスコ北西約70 km 付近のウルバンバ川流域を調査した折、急峻な斜面を登った場所でこれを発見したのである。ビンガムはこれこそがビルカバンバであったと主張したが、現在では否定されている。

マチュ・ピチュはケチュア語で「年老いた峰」を意味し、「年若い峰」を意味するワイナ・ピチュへと連なる尾根の部分に都市が建設された。マチュ・ピチュ自体の標高は2,795mで2,667mのワイナ・ピチュよりも高いが、ワイナ・ピチュを仰ぐ尾根に建設された都市遺跡の標高はおよそ2,430mである。

建設された年代は石段の組み方などをもとに1450年ころと見積もられており、人が住んでいたのはそれからおよそ1世紀の間だったとされている。文字の記録がないため、この都市の建設目的は諸説あるが、現在では、第9代皇帝パチャクテクの時代に離宮や宗教施設として建設されたと考えられている。かつては人口1万人規模とするものもあったが、現在では否定されており、ペルー文化庁の専門家たちには、常住人口500人と見積もっている者たちもいる。

都市遺跡は北部(北西部)には様々な建造物群が並び、南部(南東部)にはアンデネスとよばれる段々畑が築かれている。北東部には職人や貴族の居住地区があり、ほかの代表的な建築物としては、以下のものを挙げることができる。
インティワタナ – 「太陽をつなぎとめる場所」という意味を持つ。マチュ・ピチュの都市遺跡で最も高い場所に置かれた花崗岩(高さ1.8m)で、四隅と四方が対応するように据えられている。インティワタナはインカ帝国の大都市に見られた太陽の観測にかかわる石である。

主神殿 – 「3つの窓の神殿」に隣接し、広場に面している。壁には多くの壁龕が作られている。
3つの窓の神殿 – その名のとおり、三方を囲む壁のうち、東側の壁には台形の窓(開口部)が3つ並んでいる。命名者はビンガムで、彼はその窓は初代皇帝マンコ・カパックの伝説に関連する窓ではないかと推測し、そう呼んだ(ただし、この推測は現在では否定されている)。

大塔 – 「太陽の神殿」とも呼ばれ、その異名が示すように、クスコにあった「太陽の神殿」との類似性が指摘されている。窓や塔内の岩の配置が冬至の日差しに対応しているらしいことから、暦に関する建造物であったと考えられている。大塔の下にはミイラを安置する陵墓として機能したらしい洞窟があるが、ビンガムが推測したような王家の墓だったのかの確証はない。

王女の宮殿 – 大塔の隣にある外階段を持つ2階建ての構造物で、インカ建築としては珍しくない様式だが、マチュ・ピチュではほかに見られない。

コンドルの神殿 – コンドルをかたどった大きな平石がある神殿で、翼をかたどったとされる背後の2つの巨石部分の構造物には、牢獄として機能したとされる半地下の空間がある。

「名古屋ラーメンまつり2023」

2023年1月24日(火)~2月12日(日)の期間
久屋大通公園 エディオン久屋広場で
「名古屋ラーメンまつり2023」が開催
3幕開催、全国各地の美味しいラーメンが集結

【開催期間】
第1幕:1月24日(火)~29日(日)
第2幕:1月31日(火)~2月5日(日)
第3幕:2月7日(火)~12日(日)

ラーメン1杯につき、チケット1枚が必要
チケットの払い戻しは行えません
【チケット】は 前売券:900円 当日券:950円

今回、第3幕[2月7日(火)~12日(日)]の出店ラーメンは


【北海道】「in EZO」 札幌芳醇炙りじゃが白味噌らぁめん

【富山】「えびすこ」 伝説の富山ブラック

【長野】「信州鶏白湯 気むずかし家」 信州鶏白湯ラーメン

【大阪】「大阪牛肉ラーメンわだ」 スタミナ牛肉ラーメン

【愛知】「麺家 獅子丸」 獅子丸流伊勢海老の味噌らぁめん ~2023まつり限定ver.~

【愛知】「らーめん 䑓大」薬膳黄金そば(塩) ~あいぽーく炙り焼豚~

【京都】「煮干しそば藍」京都白だし中華そば ~豪華2種の焼豚乗せ~

【宮城】「麺屋政宗」伊達の炙り牛タンネギ塩そば

【熊本】「ナベラボ Produced by 渡なべ」熊本ラーメン

【石川】「金澤濃厚中華そば 神仙」濃厚味噌「炎・炙」肉盛そば ~金沢百年味噌2023バージョン~

モンテネグロ ブドヴァ(Budva)

多量の考古学的証拠から、ブドヴァの地にはアドリア海沿岸最古の定住地があったと見られ、多くが歴史的な証拠から紀元前5世紀に遡るとする。伝説では、ブドヴァはフェニキア人カドモスが妻ハルモニアとともにテーバイから逃れてこの地に身を隠したとする。

2つの異なる文明が無数の痕跡を残した。
古代ギリシャと古代ローマである。
ローマ帝国が衰退し東西に領土が分けられると、2つの勢力を分ける防御壁がこの地域を通過し、その結果この町に文化と歴史の衝突を残した。

中世、ブドヴァは南スラヴ人国家ドゥクリャ(en:Duklja)の代々の王、ゼタ公国(en:Principality of Zeta)の貴族に治められた。

ヴェネツィア共和国がおよそ400年もの間この町を支配する。彼らは町をブドゥアと呼び、コトル湾地方を治め、オスマン帝国の侵略に対抗して強力な城壁で町を強化した。

住民のほとんどが19世紀までヴェネツィア方言を話していたと、歴史家ルイージ・パウルッチは1810年の自著『コトル湾1810年』(Le Bocche di Cattaro nel 1810)に記している。

激動の時代が来て、ブドヴァは幾度もその宗主国が代わることになる。オーストリア、フランス、そしてロシアである。コトル湾そしてブドヴァのモンテネグロとの統合は事実上1813年から1814年まで行われたが、1918年までブドヴァはオーストリア=ハンガリー帝国のもとに置かれた。第一次世界大戦後、セルビア王国軍がブドヴァを解放し、ユーゴスラビア王国の一部となったが、1941年にイタリア王国に併合された。

第二次世界大戦中、この地方に住む多くの住民が対ファシスト戦で戦った。1944年11月22日、イタリア降伏後に占領していたナチスからついに解放された。のち社会主義体制のユーゴスラビアへ帰属し、現在は新たに独立したモンテネグロの一部となっている。

1979年4月15日、破滅的な地震がブドヴァを襲った。旧市街のほとんどが被害を受けたが、今日その痕跡はわずかである。ほとんどの建築物が原型通りに治されたのである。

旧市街の教会
旧市街は多くの違う発祥からの民話が存在する。
学者と歴史家らは、ブドヴァが最初は一つの島で、後に砂質の地峡で岸とつながったと信じている。ブドヴァ市とともに旧市街は、ブートゥア(Boutoua)という名のギリシャ人船乗りによって発見されたと言われてきた。すぐにローマ帝国は、現在のモンテネグロ領の海岸地帯全体を手中に収め、多大な影響を与えたのである。

旧市街の建築物の大半は、ヴェネツィア共和国時代のものである。
ドア、蝶番、窓、バルコニー、その他多くの小さいが人目をひくものは、ヴェネツィアのローマ様式をとどめているようである。
旧市街には3つの主要教会がある。
第一に、7世紀に建てられた聖イヴァン教会、
第二に、840年からあるという聖マリヤ教会、
第三に、1804年建設の至聖三者教会である。
旧市街にあるヴェネツィア城壁は有名な観光場所である。